cotorilla

記事一覧(80)

6ハウス太陽の主人公

昨日は地上波で初めて実写版『銀魂』を放送するというから、結構楽しみにしていたんですけど、いざ見てみたら、「あれぇ~?」でした。私は、「一時はコミックス集めていたけど、弟も集めてたから自分のは売っちゃって、上京後はレンタルで読んでいる。もちろん最終回まではちゃんと追うわよ」くらいの『銀魂好きレベル』ですので、ファンの人ほど語れるわけじゃないですけど、それでも、お妙さんは『上品なのに』、キレるとゴリラになるところがいいんだよ、普通モードでガラ悪い訳じゃないんだよ〜!とか、源外のキャラクターぶち壊してまでムロくん出す必要あるかなあ???あの源外は息子のエピソード背負っとらんやろ。とか、カメラワークの緊迫感がない……登場人物が棒立ちやん……。とか、土方はきっとそんなあっさり万事屋を置いていかないよ~!とか、そもそも、原作の笑いのセンスが秀逸なんだから、そこに福田カラーのギャグをごり押して混ぜてこないで!笑いがけんかしてるから!そこはちゃんと原作に敬意払って!っていうかごり押して来た方のギャグが寒くて負けてるから!原作に任せてていいから!!!とか、つうか、銀魂はそんなぶっ飛んだギャグ漫画を装いながら、実は人間愛に溢れてるところがいいんだよ。笑いを無理に押し込んで、いいところをぶつ切りにしないで!銀さんのキャラクターちゃんと理解しろや〜!……などなど、いろいろ『文句たれ蔵』状態でした。空知先生の映画に対するコメントで爆笑したから応援したかったんだけども。キャストは良かったんだけども。人気俳優たちが全力でコスプレしてくれた、豪華企画だったと思うことにしたわ、もう。*さて、話は一旦飛びますが、先日、「高校生のときに『封神演義』が大好きだった。」という話を書きました。「封神演義」をやってた頃のジャンプは、ちょうど、「ナルト」とか「ワンピース」などが登場してきた頃でしたが(年ばれるな~)、今も人気のそれら(ナルトは終わったけど)じゃなくて、私は、封神が、っていうか太公望がとにかく好きでした。そして、封神演義が終わって数年後、「銀魂」を読み始めたとき、「私はホント、この類の主人公が好きだな~」と思いました。銀さんとか、太公望とか、それから「タッチ」のタッちゃんも。みんな、思いやりが深くて、自分を後回しにしちゃうんだけど、そんなカッコいいところをふざけてごまかす性格。そして、彼らが何のために戦ってるかと言えば、銀さんは、困っている人のため、タッちゃんは、亡き双子の弟の残した夢を繋ぐため、太公望は、民が苦しまないで暮らせる世の中を作るため。そう、みんな、世のため人のため大事な何かのために戦っておられます。実に素敵です。そしてもう一つ。この3つの作品、いずれも、『悪でしかない悪役』がいないところが好きです。『敵』はいるんだけど、基本、みんな最後に救いがあったり、悪になる背景が描かれていたり、キャラクターが憎めなかったりする。実に素敵です。*さて、ようやく今日のタイトルに戻ります。「6ハウス太陽の主人公」。私の出生図の「太陽」は、6ハウス、蠍座にあります。(下の図の赤い矢印が太陽)

スピリチュアルとのつきあい

28日間のスピリチュアルレッスンを終えました。今回のレッスンでは、毎日の課題……例えば、「ゴミを捨てる」とか、「怖いと思ってることをやってみる」とか、いろいろあるのですけど、それらよりも何より、2日目の課題「今日からの27日間、毎日出来ることをやり遂げる」として誓った、「毎日ブログを書く」これによる成果がでかかったです。ニャン写真とか、過去の漫画とかでごまかした日もありますけど、とにかく毎日、何かしらブログ動かすことで、解ったのは、やれば、できる。でした。度々書いているように、この1、2年、やる気が枯らされて、毎日、ただ、「何かやらねば……やらねば……」とあがくだけで本当に苦しかったのですが、こういうとき、一番助けてくれるのは、本当は、先日も書いたとおり、「土星」なんだなぁと、今回、最高に実感しました。たとえやる気が出なくても、少しだけでも動くことを続けること。土星は『地道にコツコツ』を旨とする、厳しく地味な星ですが、ちょっとずつ、けれどしつこく継続しているうちに、気付けば高いところまで登らせてくれている、そういう星です。レッスン開始のときにも書きましたが、スピリチュアルレッスンは、「スピリチュアル」とある割に、うさんくさくない、心のレッスンです。と言いますか、「スピリチュアル」を私はこの数年で、大分見直しました。正直に暴言を吐きますが、数年前まで私は、スピリチュアルって大半が『インチキ』か、『自分は見えると信じてる勘違いしてる人が盲信してるもの』だと思っていました。確かに今も、「それは、絶対違うヤツやで。」とツッコミを入れたくなるもの、「お花畑だな〜」と薄目で遠巻きに見たくなるものも、あります(ごめんなさい)。けれど一方で、長年、ずっと解決出来なかった『生きづらさ』を解放に導いてくれたのも、スピリチュアルでした。成果主義の物質文化では気付けなかった心の問題に、不思議の世界からのアプローチが大いに役立ってくれました。(もちろん心理学も一端を担ってくれましたが。っていうか、実際、スピリチュアルと心理学は、結構かぶってる世界だということがわかった。)この1、2年は、本当に動けなくて大した成果も出せず、やる気は衰退する一方でしたが、水面下では劇的な変化が起きていたことを実感します。東京に出て来る前の日記を読み返すと、「こんなに自分をいじめなくても苦しめなくてもよかったのにね」と、全く違う目で見ることの出来ている自分に気付きます。占星術的にいえば、魚座を進行中の海王星様が私の月・火星のど真ん前、かつ、金星に60度、かつ、水星に120度を作っています。絶賛、海王星祭りです。海王星は、『幻想』『音楽』『ドラッグ』そして『スピリチュアル』などを扱います。扱いにくい星なので、特に月・火星と180度を作ることについては、いろいろ要注意ですが、こうした不思議の世界に『片足』つっこむという形で、ほどほどに海王星パワーを流していければいいかなぁと思っています。あくまで、節度あるレベルで。暴走すると怖いのが海王星ですから。本調子ではないとは言え、とりあえず、こうして『書くこと』の世界には大分帰って来れたから、次なる目標は「絵を描ける自分を取り戻す」。絵もまた、海王星の管轄ですからね。(私の絵の場合は、金星っぽいけど……)

わたしの土星先生

NASA/JPL/Space Science Institute今日は久しぶりに、リマーナすず先生に占星術の鑑定をしてもらいに、保谷まで行ってきました。前から薄々気付いてはいましたが、私のホロスコープ、『土星』が強いんです。占星術でいう土星は、「制限、苦手意識、ブロック」などを表します。以前もお話ししましたが、私はこの土星が恋愛の部屋である『5ハウス』に鎮座しており、かつ、性を表す8ハウスにいる、愛情の星『金星』と90度という葛藤の度数をとっております。品位は高く、『天秤座』(高揚の位置)にあります。金星が山羊座なので、『ミューチュアルレセプション(星座交換)』にもなります。斯様な状態のため、土星だけがえらく点数が高いことが今日、すず先生に表を見せてもらってよく解りました(笑)つまり、「恋愛(5ハウス)」と「性的なこと(8ハウス)」に対しての苦手意識が強いのです。5ハウスは創造や楽しみの部屋でもありますから、遊びを手放しで楽しむ!ということも苦手です。いわば、「クソマジメ」というやつです。このことに関しては、もう、残念ながら実感しかありません。私も手放しで楽しむ、ってことをしてみたいよう。なんでも「ねばならない」に捕われるのはやめたいよう。固くて難しい表情をした土星が、楽しいことをしていたいと言う金星に、いつもああだこうだと口出しをしてくる。私は占星術を知らない友達に、土星の話をするときに、「私の土星は、女子バレー部の顧問みたいなもんかなぁ」と話します。金星が、遊び盛りでキャピキャピした女子バレー部員だとしたら、そこに鬼コーチの土星が「しゃべってないで練習しろ!」ってやってくるんです。そんなイメージです。土星先生がこんなにうるさいから、みんながするっと開いた扉の前で、いちいち悩んで立ち止まって、みんなが越えたり、あるいは抱えなかったコンプレックスにしつこく捕われて、みんながするっと登ったはずの階段に、ぶつかって跳ね返されて、転がり落ちてまた登って、おかげで、扉を開く鍵のありかを必死で探し求めなければならなかった。おかげで、自分とどかんと向き合って、必死で問題を解かなきゃならなかった。おかげで、転んで擦りむいた傷の痛みを知って、癒し方を考えなくちゃいけなかった。土星先生がこんなにパワフルだから、そのおかげで、私は、恋や、愛や、自分の魅せ方や繋がることについて、たくさん、たくさん学ぼうとしたんだわ……。NHKの朝ドラ「ちりとてちん」の主人公の喜代美は、不器用でいつもすってんころりん。落語もなかなか上達しません。そんな彼女に、師匠はこんな風に語ります。「不器用なもんほど、ぎょうさん稽古する。ぎょうさん稽古したもんは、誰よりも上手(うま)なる」土星がある場所に、人は苦手意識を持ちます。土星がある場所の示すことは、いろいろと遅くなりがちです。けれど、土星は生涯かけて克服していくテーマでもある。そして、苦手だからこそ、どうにかしたくて、取っ組み合いをしているうちに、土星のテーマのエキスパートになることが出来るのだそうです。そして、誰のホロスコープにも、土星はあるのです。土星が表す「制限、苦手意識、ブロック」は、言い換えれば、「土台、形作ること、粘り強さ」でもあります。楽しいだけの女子バレー部では、全国大会には行けません。鬼コーチがいてこそ、初めて夢が現実に変わろうとするのです。もし、私がこんなに恋愛に不器用でなければ、知らなかった世界がある。もし、私がこんなに一体感に苦手意識を持っていなければ、学べなかった世界がある。「どうして私の人生は各駅停車なんだろう。みんな特急に乗ってどんどん行っちゃうのに!」何もかもが人よりずっと遅れてる、そう嘆いた私に、大学の後輩がこう言いました。「でも、いいですか先輩、僕、今からいいことを言いますよ。各駅停車で行くということは、特急では見られない景色を見られるということです!ほら、いいこと言った!」冗談めかして言っていたけれど、その言葉を聞いて一年以上経った今日も、彼の言葉は、鮮やかに私の中で響いてる。それは、たぶん、それが人生の真実だったから。人生は、ただ成功だけするためにあるのではなく、きっと、『味わうため』にあるのではないだろうか。それを土星ほど教えてくれる星はないのかもしれません。死と再生を表す、太陽系最強の星『冥王星』に、がつんと上に乗られて、大変革を強いられた私の金星は、山羊座15度にいます。これにスクエアをかける土星は天秤座19度ですから、金星の上からずれてきた冥王星は、次は土星にスクエアをかけてきます。「土星が冥王星に影響を受ける分、金星は土星の支配から解放される可能性がある」と、すず先生。遊びたい盛りの娘のような金星を押さえつけていた、厳しい親父さんのような土星は、冥王星による『変容』を遂げた娘の成長を、少し離れて見守ってくれるターンに入ったと、とりあえずはそういう解釈でいってみるのもいいかもしれない。また同時に、土星自体も、変革をせざるを得ないときに来ているのでしょう。スクエアは『葛藤』を意味しますが、そう言われれば、すでに始まっているような気がします。「ねばならない」といった条件づけへの疑問。度の過ぎた真面目さ潔癖さは、もういい。そんな風に土台を覆される思い。自分が知る以外にも世界があるのだという、自分の中の常識の破壊。変革は、『殺すため』にあるのではない。『新しく生きる』ために来るのだと思います。なんだって敵視してしまえば、仲良くはなれない。それは星……すなわち、自分の中のエネルギーや能力も同じでしょう。痛みや苦しみは確かにあるかもしれないけれど、それもまた人生、そして私の命にプログラムされた必要な過程だと受け容れていけばいい。そうすれば、「それ」がなぜ起きるのか、なぜ、こんな土星を抱えて生まれてきたのか、その本当の意味に、気付いてゆけるような気がします。* * *今日が、スピリチュアルレッスンの最終日でした。「27日間、毎日ブログを書く」という課題、これで達成です!自分に対して誓いを立てる。そしてそれを守ること。そうして、自分を信じることに繋がるという意味を持つ課題でした。コツコツ何かを続ける。これもまた土星のテーマですね。日記を書くときは、かならずBGMを必要としますが、今日は久しぶりにBUMP OF CHICKENでした!

地球人ゆえに

(絵の使い回しが続く……)エネルギーが大きく動くときは、体に影響が出るもんだなぁ〜という実感があります。別にスピリチュアルな話じゃなくても。例えば、今朝は起きた時から、どうも心臓の辺りがおかしい。(※ 不整脈はありません)ぞくぞく、そわそわして、なんかちょっとぜーぜーと息が上がる感じ。で、考えてみたら、今日は「部分日蝕」というダイナミックな新月だったわけです。日中は、お試しヨガ教室(厳密には違う)に行ってきたのですけど、おかげで心臓のそわそわはおさまったものの、帰宅後、眠くて頭が働かなくて仕方がない。この日記書いたら寝ます。(なんとなく宣言)思えば、6月の引っ越し後の約一週間もえらく眠くて、仕事にならなくて困っていました。「引っ越しで働いた疲れかな?」と思ってたけど、それほど大した労働をした覚えもないし、環境は抜群に良くなって寝付きも良くなったわけだし、じゃあなんでこんなに沈み込みそうに眠いのだろう……と考えたとき、この頃って、「夏至」の直前だったことに気付きました。夏至はご存知の通り、一年で一番、昼が長くなる日ですが、それ即ち、「太陽エネルギーマックスの日」ということでもあるそうです。で、なんで眠くなるのかは解ったような解らないような感じなのですが(おいこら)、まぁ結論、「夏至は眠くなる」という報告は多数拝見しました。(。・ω・。)『引っ越し=地場(エネルギー)が変わった説』というのもありますけどね。また、先週も睡魔と頭痛との戦いでした。原因はほぼ間違いなく「台風」です。気圧変動に体がついていかなかったようです。そういえば、わたし、車酔いしやすいんですよね。乗り物に酔いやすい人や、気象病にかかりやすい人って、確か、耳の感度が高いっていうんじゃなかったかな。言われてみたら私は、予告なしに鳴る大きい音がとても苦手で、極端な例で言えば、電子レンジでチンしたものをしばらく取り出さないでいると、ピーピー!ってお知らせしてくるでしょう、あれがダメなんですわ。甲高くて妙に苦手です。掃除機が迫ってくる音も苦手なんだよね。自分でかける分にはいいんだけど。テレビも苦手なのですけど、一方でライブ会場は平気だから、不用意に襲ってくる音がダメ、ということらしい。後半、話はズレましたが、月の満ち欠け、太陽光の大きさ、気圧。こうしたものに左右されるのって、まぁ面倒と言えばそうなのですが、人間は地球の一部なんだなぁ、ということを実感させられるという意味では面白いな、とも思います。ただ、確かに、ちょっと影響受け過ぎな体質といえばそうかもしれない。(月と海王星スクエアだしなぁ)こうした体質を野放しにしてると、いささか不都合なのは間違いないので、どうにか制御というか、うまく活用する方法はないかしら。どなたかご存知でしたら教えて頂けるとこれ幸い。*ところで、「地球人ゆえに」というタイトルなのに、絵が地球人じゃない件。

感想文の書き方

偉そうなタイトルですが、書き方指南ではなく、私がどういう書き方をしているか、という話です。それに私は読書感想文を書くのがとても苦手な子どもでした。今も「レビュー」を書くのは苦手です。そもそも、「好きな作品」ほど感想は書きづらいわけです。好きな作品は、「どこが、」じゃなくて「全部!」が好きなわけだから、一つずつ「ここがよかった」「あそこがよかった」と書いていっても、きりがないし、難しいし、かといって、分析的に書くのも野暮だし……となる。気に入らなかった作品の場合は、言いたい放題に文句を書くか、疑問をていするかすればいいから、逆にはかどりますが、そういう類いの文章は、残しておく価値があまり感じられなかったので、うちのサイトにもあった、そういう「ツッコミ感想文」は、結局、消し去ってしまいました。どうせ残すなら、愛を含んだ文章だけにしておきたいな、と。そんな困難(?)を経て、かろうじて残った感想文が、次の5つです。【1. 映画『桐島、部活やめるってよ』】面白かったけれど、好き、とまでは思わなかった映画のため、その冷静さのおかげで、坦々と、分析的に書いてあります。そのためかどうか解りませんが、ブクログ(レビューサイト)で、割とたくさん星☆をもらいました。映画で描かれている「思春期の学生の残酷さ」という主題を借りて、「登場人物と比べて、自身はどうだったか」という、比較体験談として書きました。上記の通り、映画自体にさほど思い入れはなかったこともあり、映画をきっかけにさかのぼった「過去の自分」が主人公になってる文章です。