プログレスの月とT土星の検証


恥ずかしいけど、ホロスコープを晒す。(年もバレる)


前回の日記で、ちょこっと「プログレスの月(進行の月)」に触れました。
私は占星術については、素人に産毛が生えたレベルなので、詳しいことをお知りになりたければ
ググっていただくことをオススメいたしますが、さくっと説明すると、
プログレスの月(以下「P月」)とは、体内時計のことだそうです。
そのときの、本人の興味関心が現れるといいます。
個人のホロスコープを28年くらいで一周します。


私のその「P月」(図中の緑色の月)が、去年の夏に7ハウス入りしたんですね。
AC-DCと書かれた線の上に出ているのが解ると思います。
1〜6ハウスが、内なる世界、地下とすれば、7〜12ハウスは地上なので、
P月が7ハウス入りしたということは、もぐりの世界から、外に出てきた、というわけなのです。


そこで、P月の7ハウス入りを記念して、私のP月がそれぞれの部屋にあったとき、
どんな感じだったかを覚えている限りで検証したいと思います。


*


高校入試の頃、P月は「社会的達成」を表す10ハウスにいました。
まさにホロスコープのてっぺんです。
正直、私は高校入試であんまり苦労した記憶がありません。(たぶん)
一応難関校でしたが、塾もあまり行かずに合格しました。
入試の日のP月は、N太陽とトラインを作ってもいました。



しかし、思春期が人より遅かったので、高校では「友だちづくり」に苦労しました。
このとき、P月は、「友人、コミュニティ、ネットワーク」を表す「11ハウス」にいました。
教科書通りに読めば、「友人関係が活性化」といきそうなのに、
私は「友だちの作り方が解らない」という悩みに落っこちていました。
ついでに、その不安定さによって、成績も落っこちて、上位クラスからはじき出されました。
第一志望の大学にも落っこちました。
幸い、今も仲のいい、数名の友人が出来たのもこのときですが、
漫画みたいな、“クラスの仲間との青春”みたいなのは味わえませんでした。


ここでちょっと思い当たるのが、「トランジット土星」(以下T土星)です。
(図中の、「ち」みたいな記号が土星です。)
私のホロスコープでは、ここ数年、ずっと「T土星」と「進行の月」が
いっつもくっついて移動してくれています。


「遅い思春期」で悩み始めたのは、中3の頃だったのですが、
「制限と試練の星」として名を馳せている「土星先生」が、
P月よりちょっと先に、11ハウス入りしていました。
そう考えると、中3終わり〜高校時代、「友人」に「制限・試練」がかかって
苦しいのも納得がいきます。


P月が11ハウスを抜けるギリギリの頃に、大学入学、そして音楽系のサークルに入りました。
ようやく、11ハウスらしいイベントが起きた!という感じですね。
最初は、めちゃくちゃ楽しかったです。
上記のように、高校で「広くて楽しいワクワク友だち関係」にズコッとこけているので、
「私もこんな楽しい仲間と青春らしい時間を過ごすことが出来るんだ!」と感激でした。
このとき、同時にP金星が水瓶座入りしています。
水瓶座は11番目の星座なので、11ハウス的といえばそうですね。



が、サークル活動が始まって間もなく、P月は
12ハウス……ホロスコープの最後の部屋に入りました。
1ハウスが「誕生、始まり」を表すので、その前に当たる12ハウスは、「死ぬ直前」です。
よって、12ハウスのキーワードは「ボランティア、浄化、精神世界」など。
(ボランティアは、自分を消して他人に尽くす、のイメージですかね。)

最近、某所の「プログレスについて語ろうスレ」を見てたら、
「P月12ハウスつらい」「早く12ハウス抜けてくれ」といううめきでいっぱいでしたので、
どうやら、P月が12ハウス入りをすると人は、
暗闇に取り残されたような状態になるのかな、と思いました。
自分が消えちゃうからか、1ハウス(スタート)を目前にして、
わけが解らなくなるからなのか。
まぁ、個人のホロスコープのコンディションにもよるんでしょうけど。


私はこの頃、同時に、“破壊と再生”を表す「冥王星」が、
「ディセンダント」にトランジットという、一大イベントを迎えていました。
さらに土星先生は「アセンダント」に乗ってきていました。
今、思い返しても、この大学2〜3年というのは、人生でトップ3に入るくらい辛い時期でした。
自分のダメなところをあぶり出され、誤解されても説明も出来ず、
四面楚歌で叱られてばっか、家は家で重い雲がかかっているときで、
そのストレスで身体壊した、みたいな。
失恋もしてたような気がしますが、この頃のは、子どもの恋みたいなもんだったので、
それについてはどうでもいいです(笑)その後の出会いに全部上書きされた。
(その頃のホロスコープについてはこちらもどうぞ)



そして、待ちに待ってのP月1ハウス入り……
ですが、ここについては、取り立ててエピソードのようなものが思い当たりません。
というのも、カナダに半年留学しちゃったからです。
外国に行くとホロスコープがひっくり返るので、参考になりません。
しかも、1ハウスに抜けても冥王星も土星もいたし、
しばらくは、楽になった実感も別に無かった。



帰国した頃には、P月が2ハウスに抜けていたような気がします。
2ハウスは「獲得、才能、自信」の部屋。
この頃に、サイト運営を始め、PhotoshopやHPビルダーを触り始めました。
道具も、ようやくミッキーマウスの36色色鉛筆から水彩絵の具へ、
100均の落書き帳から水彩用紙へバージョンアップしました(笑)
BUMPに出会ったのも、そして、学習塾バイトを始めたのも、この頃です。
大学時代に失った自信を回復してくれたのは、いうまでもなく、中学生の教え子たちでした。
(これについては、冥王星の「再生」も働いている気がする。)
自分の土台を構築した時代のように思います。



さっき、上で、「12ハウスのP月が辛いという書き込み多数」とありましたが、その掲示板では、
「いや、12ハウスと同じくらい、3ハウスもきつい」と書いてる人もたくさんいました。


3ハウスは、「コミュニケーション、知性、技術」の部屋。
つらいのは、ホロスコープの底…ICに向かうからでしょうか。
最近、書類送検された旅行会社があったかと思いますが、
P月3ハウス入りで、その悪い会社(言うね〜)に新卒で入った私は、
合わない職種(=営業)に……追いかけられる日々に……
馬車馬のように働かせられる日々に……連日の深夜残業に……
広島での初めて一人暮らしの寂しさに……
それらによって、遂に心が崖から転がり落ちる寸前までいきました。


ただ、お客さんとのコミュニケーションや、電話の取り方などの、
社会人の基本を叩き込まれたのもこのときです。
それは次の仕事でも、そして今の仕事でも確かに活きている「技術」ではありますね。
占星術に出会ったのも、このときです。「技術」といえば、そうかも。



そして、P月が4ハウス入りすると同時に退職し、地元に帰りました。
4ハウスは「家族、共感、居場所」
を表す部屋。
「家」に帰ったわけです(笑)。
一方、土星先生の執拗なストーキングは相変わらずで、次の仕事はなかなか決まらず、
臨時採用で綱渡りしながら、家では鬱々としていました。
この頃は、ホントによく泣いていました。
4ハウスに土星が来ると、今いる場所から身動きが取れなくなるらしいです。


私は、出生図の月(N月)も4ハウスなので、この頃、「ルナリターン」を迎えました。
(※ つまり土星がN月にコンジャンクションだった。)
ルナリターンでは、人は、自分の本来の生き方を思い出すんだそうです。
このとき、一度手放した、絵と文章の世界に帰りました。
そして、最初のエッセイ本「Cotorilla vol.1」を作りました。



P月の5ハウス入りと同時に、次の職が決まり、ピータン社に入社しました。
これがちょっとよく解らないんですよね。っていうのも、
5ハウスは「恋愛、子ども、創造」の部屋なんです。

確かに、初めて「文学フリマ」に出たのもこのときですし、
恋愛について、「人生ってすごいな!」って出来事もあるにはありました。
5ハウスは恋愛の部屋とはいうけど、ここでいう恋愛は、「愛する力」の方。
“自分”がどう在るか、にスポットが当たるんですね。
そういう意味では、確かに「発信」を頑張っていたときだと言えるかもしれません。

同時にサターンリターン(土星回帰。オトナになるときとされる。)だったので、
ピータン社への就職は、土星の影響によるものだったのかもしれません。



P月が6ハウスに入る頃、ピータン社を辞めて、無職になりました。
T土星は、私がピータン社を辞める決意をした日あたりに、
ドンピシャのタイミングで6ハウス入りしていました。

そして、6ハウスのど真ん中にいる頃、上京しました。

6ハウスは、「雇用、健康、調整」の部屋です。
文字通り、仕事が調整されました。

しかし、上京については、人生を変える出来事だったので、
P月や、土星の6ハウス入りだけでは説明がつかない気がします。
このときは、同時に、

● 統治星のN水星に、蠍座入りしたT土星と、
 山羊座のT冥王星のミューチュアルレセプションがヒット

● SA冥王星がN太陽にドンピシャで合

という、なかなか人生一変してもおかしくないかも? なことが起きておりました。
(マニアックな話なので、解る人だけ解ってください。)

ちなみにこのとき、ピータン社を辞めたのは、私ともう一人、
蠍座に主要天体を持つ後輩ちゃんでした。
土星は、不要なものを削ぎ落とす、そして、ねじ曲げた魂を正す役割を持つそうです。



そのP月が、去年の七月に、7ハウス入りしました。
追いかけるようにして、土星も昨年12月に入ってきました(またかよ)。

ただ、私は生まれが鹿児島、今は東京在住なので、
リロケーション図でP月がちゃんと7ハウス入りするのは、今年の七月……そう来月です。
ここから、本格的に、7ハウス的な出来事が始まるらしいです。


7ハウスは「一対一の人間関係、結婚、ライバル」の部屋。
確かに、すでに実感があります、「一対一の取っ組み合い」。
P月の7ハウス入りの日に、引っ越しをしました。狙ったわけではなく、偶然です。
その部屋に、これまで、3人のお客様が泊まりました。
1人目と2人目のお客様には、今までだったら恥ずかしくて
なかなか打ち明けられなかったことを、思い切って話すようになりました。
私が人に……本当に心を打ち明けるべき相手に、甘えることが出来るようになった、とも言えます。
3人目については、「何でこうなった!?」という、驚きの展開が(笑)
この3人目とは宿題が出来たので、それについては、その子が次に来るときに持ち越しです。


*


書きながら気づいたんですけど、私の場合、
「体内時計のP月と、刺激を与えてくるT土星が一緒に移動する」ということはつまり、


「自分の中でクローズアップされたテーマと、取っ組み合いをしてクリアしていかなければならない。」


ということなんじゃなかろうか、と。
土星の試練は、逃げてもダメ。逃げたらツケが出来るだけ。
そう考えると、宿題も納得がいくというもの。いつも通りのお約束かな。



7ハウスに入ると、「デビュー」と言われます。
上でも書いたけど、この14年、目立たなかったのが、
社会的な場に出ていくようになるんだそうです。人間関係も広がるんだとか。
確かに、高校入試が終わって、P月が坂を下り始めてからは、
10ハウスにいたるまでとは打って変わって、「自分はダサイ人間だから……」と
思ってきていたように思います^^;
子ども時代は、割と自信があって勝気で目立つ子だったのにね。
…まぁそんな自分が逆にイヤになってしまって、否定していた時間でもあったのですが。


それにしても、ドエムなホロスコープ持って生まれてきたなぁと、改めて思う。

そのうち、出生図の話もしたいと思います(´▽`)ノ

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