ケンゾクいもむし <P新月に於けるメモ〔4〕>

占いやスピリチュアルに抵抗のある人は多いと思うし、ヘタすれば漫画なんかではオチに使われてることもありますし、私も正直、どこまで信じたものか……と思うようなものもあります。
話す相手だってもちろん選びます。

けれども、占星術に限っていえば、こんな使えるツールを「占いwww」なんて小馬鹿にして遠ざけるのはもったいなーい!というのがやっぱり本音。
星の動きを実際に体感したことも、星の動きを知ることで助けられたり、ヒントになったことも数知れずあるからです。


そんな「体感した星の動き」の一つは、何と言っても、やっぱり「プログレスの新月」。
昨年、いや、一昨年頃からの爆発的な「捨てたい・片付けたい欲」は、やっぱりここに向かって増大していたんだ、と痛感します。



以前も書きましたけど、本格的な「大掃除・片付け」を始めておよそ一年半で、私は、
<平均140cmサイズのダンボール約25個ほど+その他ゴミ袋多数>
を処分しました。
それまでも定期的に片付け欲がやってくることはありましたが、これは流石に人生最大レベルでした。
(よかったら漫画の方も読んでね^^)


そしてこの欲が、(こないだもちょっと書いたけども)最近ではすっかりおとなしくなってしまったのです。
11月30日が「プログレスの新月」の当日だったわけですが、それを境にぱたっと消え失せました。
年末の大掃除のやる気の無いことと言ったら(笑)
それだけに、生まれ変わりに向けた「内なる欲求」の存在をより強く実感したような気がします。


*


プログレスの新月(以下「P新月」)は、30年に一度やってくる、人生のテーマが刷新されるタイミング。
それを迎えるにあたって今までの物を全部捨てたくなってしまった、その心理の中には、結局、ちょっと悲しいけれど、


「今までの自分を捨てたかった」


というのが、どうしてもあったのだと思います。


例えば、職場の先輩と話をしていると、先輩は高校時代のことを結構楽しそうに話します。
(もちろん、先輩は私とは別のところで、いろんな大変な経験をしているわけですが)
だから、そんな楽しかった学生時代は、捨てたい思い出になどなろうはずもないでしょう。
ちなみに先輩は、結構、ステラレネーゼらしいです(笑)。


でも、本当に正直に言うと、私は、高校時代がすごくキツかったし、大学でも後悔がたくさん出来てしまったし、中学までの自分が嫌いだし、思い出せば出すほど、「鹿児島時代に楽しかった思い出がない」という気がしてきてしまうのです。ただ一つの、あの「再生」の時間を除いては。


これは、鹿児島で出会った人や、幸せを願って育ててくれた親に申し訳ないことだと思います。
でも、やっぱり、全てをばっさばっさと容赦なく無我夢中で捨てていった私のその行動は、「もう、あんな思いはごめんだ」って、「染み付いてたしんどさを捨てて、新しくなりたいんだ」って、そういう必死さの現れだったのだとしか思えません。
「そんなに何もかも捨てなくてもよくない?」と言う母はちょっと寂しそうで、胸が痛まないわけではなかった。
それでも、なんだかもう、たくさん、たくさん捨てたくて仕方がなかったのです。



すっごく、生きづらかったんですよね。鹿児島にいる間。
もうね、なんだか辛いことばっかりだった。
もう、そう言っちゃってもいいかな、って思う。
つらいなんていうのは、「甘えた弱音」だと思ってた。
だってそもそも、いじめにあったわけでも、仲間はずれにされたわけでもないし、
友だちにも恵まれたし、今も仲のいい友だちがちゃんといる。


でも私はずっと自分の姿にもすることにも自信がなくて、
写真にもどう写ればいいか解らなくて、劣等感の塊で、
あちこちで叱られてばっかで、手放しで幸せを感じたことがほとんどなくて、
可愛くなくて、かたくてつまんなくて、みっともなくて、
ダメなヤツだ、何も出来ないヤツだって、
どこにいても、浮いてるような気がして、
自分で自分を否定する言葉が、いつも当たり前のように心の中にあって、



そうやって、ずっとずっと、自分をいじめてきてたんですね。



漫画で描いたように、最初にやってきた片付けの波は、「物」ではなく、「携帯データ消去事件」でした。
古い付き合いのデータがたくさん無くなりました。
一年以内にやり取りをした人や、どうしても取り戻したいデータは取り戻せましたが、登録データが1/3に減りました。
(余談ですが、この話をしたら、「そうだよね~、結構要らないデータ入ってるよね~」という声を多数耳にしました。最近は世の中全体的に、「友達が多い=いいこと」という考え方、無くなってきてますね。)



そして、実際に「物」を減らす方の片付け波は、この後にやってきました。
連絡先を消すという、一番やりづらいことが済んでるわけだから、勢いがついています。


物を減らすということ、それは即ち、
貰い物、買ってもらったもの、年賀状や手紙といった、
後ろ髪を引かれるものをバサバサと捨てていくということ。

「(もう使ってないけど、)せっかくくれたのに、悪いよね」
「(趣味じゃないけど、)いいと思って贈ってくれたんだよね」
「わざわざ、直筆なんだよね」

といってとっておいたこれらを、

「古くて使わない」
「邪魔である」
「そもそも不要」

という、自分の意志を優先して、見限らないといけないんです。


つまり、「いい人をやめる」、この第一歩だった気がします。


元々、「物質」にさほど執着心のないタイプですから、捨てると決意してしまえば、不要なものを選別すること自体はそんなに大変じゃなかったです。
けれど、一番最後に、『使えるし、好き』だけれど手放した物がありました。


それは、「自分で選んだのではない物」たち。
もっといえば、「自分で見つけて好きになったわけではない物」たち。


それを手放して、私は、自分で自分のハンドルを握りなおそうと、そう決めたんだと思います。


*


一昨年の夏、占星術的にいえば、進行の月が7ハウス入りをした直後。
職場のビルの下で、ものすごく大きな、赤いイモムシがのっしのっしと這っているのを見つけました。
ぎょっとして、一旦のけぞりましたが、こんなに大きくて、しかも赤い幼虫なんて初めてだったから、今度はおそるおそる身を乗り出して、その姿をじっと観察してみました。


それから一年後、私はふとなんとなくその時のイモムシが気になって、画像検索で正体を探してみるという、恐ろしい行為に出ました。
検索ワードは、<イモムシ 赤い 大きい>
虫好きの方以外は、ググらないことをオススメします(笑)。
「ぎゃおー! うおえー!」と悲鳴を上げながら、


「あ! これだ!」

と、みつけたあのときの幼虫の正体は「オオミズアオ」という蛾でした。
そして、その成虫は、幼虫時代のおぞましさとは一変して、エメラルドグリーンの大きな翅をもち、まるでティンカーベルのような、神秘的で美しい姿をしていました。


そして解ったのは、オオミズアオの幼虫は通常、緑色をしているのだけれど、サナギになる直前だけ、体が赤くなるのだということ。
私が出会ったあの堂々たる幼虫は、「大変容」のための眠りに入る直前だったわけです。


梨木香歩の小説、「からくりからくさ」の中で、主人公の一人である紀久さんは、山の中で、天敵とも思っていたほど苦手な「ヤママユガ」が、繭から出て飛び立つまでの「命がけの変容」に付き合い、その感動を同居人の蓉子や与希子宛の手紙に記します。


生き物のすることは、変容すること、それしかないのです。
幼虫の姿ではもう生きていけない。追い詰められて、切羽詰まって、もう後には変容することしか残されていない。


奇しくも、私が出会ったオオミズアオも「ヤママユガ科」に属します。


私は今でも何となく思うんです。
あの幼虫は、神様の眷属……お使いで、私にこう言ってたんじゃないか。


「私は今から、この体を脱ぎ捨てて、羽ばたいてゆく。おまえもな。」


って。

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