こねこのケンシロウ〔1〕

鹿児島にいた時のおはなし。
私が上京する直前、2013年末のできごとです。


(某SNSで連載していた作品の、加筆大幅修正版です。)




年の瀬も押し迫った、それはそれは寒い日のこと。
家の近くで、子猫がギャアギャアと鳴いているのが聞こえました。
みゃあみゃあ、なんていう子猫らしい可愛い声とはほど遠い、「ギャアァッ、ギャアァッ」という切羽詰まった雄叫びのような声。
「(知らない……聞こえない……あれはきっとノラ親子の子ども……きっと母猫が帰ってくるのを待っているだけの子……捨て猫じゃないない……聞こえない聞こえない……) 」
私と母は、聞こえないふりをしようとしました。
うちには3匹の猫たちがいます。増やすことも大変なことだけれど、なにより拾った子猫が、もし猫エイズを持っていて、うちの3匹に伝染されたら。
それが怖くて、せめて“姿”が見えるまでは、ことを起こすまい……関わってはいけないと考えたのです。



声が聞こえ始めて二日くらいたった朝。
出勤する父が、玄関を開けて、言いました。


「おやー、可愛い子猫がおるよ!」


玄関先に、「ぎゃあぎゃあ声」の主が姿を現してしまいました。

生後3ヶ月くらい。黄色っぽい毛並みに、黒のキジ柄、なぜかしっぽらしいものがほとんど見当たらない小さな獣のこどもがパワフルに、「ギヤアアア~~~!」(訳:家の中にいれろ~、ぼくをいれろ~!)と叫びながら、父と玄関扉とのすきまにどうにかして体を抉じ入れ、家の中への侵入を計ろうとしているところでした。

「ダメ! うちでは飼えないの!」
母は、心を鬼にして、子どもを追い返しました。

けれど、いくら鹿児島のような南国と言ったって、12月。
かつてはよくキャンプに来ていた、千葉ロッテの選手が、地元局のインタビューに対し、不満げに、
「鹿児島、寒いですよね!?」
と、キャンプの意味を問う文句を垂れていたくらい、鹿児島の冬は、実は普通の「冬」。
元来、動物好きで、子どもの頃にも犬猫問わず拾ってきては怒られていた母は、追い返したものの、寒空の下の子猫が気になって仕方なく、縁側下にダンボールを置き、古い下着やらなんやら入れてあげてきたようでした。



布だけでは寒かろうと、続いて私が、コーヒーの瓶にお湯入れて、布でぐるぐる巻きにした湯たんぽを持っていくと、子どもは喜んで……というより、必死の形相で、私の首まで登ってきました。
「おまえ、人に慣れてるねえ。この懐っこさは、ノラじゃないね。捨て猫かねえ」
しばしこどもをひざに乗せ、縁側でぼんやり共に時間を過ごしてみる。
子猫は皮膚が薄いのか、喉を鳴らす音が、大人猫の何倍も強く響きます。
全力で嬉しさを表現して、「ひざから降りてなるものか」と主張しているよう。


けれど、やっぱり先住猫たちに病気が伝染ることへの恐れがある。
母と同じく心を鬼にして、部屋に戻ろうと立ち上がる私に必死でついてきて、子猫は再び、「ギヤアアァ~~~!」と“泣き”ながら叫んでいました。


しばらく鳴き続けていた子猫だったけれど、夜には何も聞こえなくなりました。
「きっと、誰か見かねて、他の人が拾ってくれたに違いない」 
「母猫が帰ってきたのかもしれない」 
言い訳をいくつも考えて、自分たちを無理矢理納得させて、母と私は寝床に入りました。
鳴きわめく子猫に、「うるさい」と苛立った近所の誰かが、保健所に通報したり、 「処分」したりしてはいないか、と、不吉な妄想に不安を覚えながら。



夜が明けても子猫の声は戻ってこず、私と母は、「誰かが拾った」「まさか心ない人間が何か……」の間で落ち着かない一日を過ごしましたが、日が暮れようとする頃、 
「ギャアアアアアア、ギャアアアアア!」 
助けてくれる人を探し求める旅から戻ってきたのか、元気なこどもの声が復活しました。 
「ああ、なぜ誰も拾わないんだろう……」
生きていたことへの安心と、誰も拾わないことへのがっかりが両方胸を行き交う。


夜になると、どこかで眠ったのか、再び、声は聞こえなくなりました。
晴れない気持ちを抱えたままの晩御飯は、あまりおいしく感じません。気を紛らわそうとしてテレビのチャンネルを変えると、NHKが震災関連のドラマを放送していました。津波でお母さんを亡くした一家の物語でした。 



20時45分。
放送が終わると、母はすっくと立ち上がり、意を決したように私に言いました。

「やっぱり、猫、探してくる」

そして、つっかけを履いて、あっという間に外へ出ていきました。



5分後。


「いたよ」

母が黄色い、ピンピンした、ちいさな黄色い獣を連れて、帰ってきました。 
こねこは、昨日と同じく、やっぱり全力で喉を鳴らしていました。
「ドラマ見てたらさぁ……やっぱり救える命は救わないとねぇ、と思って」 
「ああ、そう」
「小さな声でちょちょちょ……って呼んだだけなのに、ホントすぐに『ニャア!』って出てきたよ。待ってたのかねえ……」
とりあえずは、他の猫と接触させないよう、玄関に隔離。
私は叔母の家にケージがあったことを思い出し、急いで車を出して、叔母宅に走りました。



ケージの中の、片手で持ち上げられるような、豆のような子ども猫に、我が家の大人猫、チビとコキチは、軽くふんふんと匂いを嗅いで、それっきり、「我関せず」。
それに対し、子猫の方が一丁前に、「ミャオワオワ!!」と、威嚇していました。


情けないのは、我が家の末っ子猫、ダンくん。
自分よりうんと小さい小僧相手に、先に「フシャアアア」と威嚇し、そのまま走って逃げる始末。

「早く貰い手、見つけないとね」
「そうだね」


飼う気はない。けれど、何となく、
「名前は……ケンシロウって感じかな」
子猫には似つかわしくない、けれどこのパワフルさには少し似合っているような、そんないかつい名前が浮かびました。


玄関に置かれたゲージの中でこねこは、
「ギヤアアア~~~!」
(訳:出してくれええ、そっちがあったかい部屋なのは知ってるんだあああ)」
と、叫び続けておりました。 


(つづく)

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