こねこのケンシロウ〔2〕

〔第1話はこちら〕


こねこは、一丁前に綺麗好きらしく……というか、元来、猫は綺麗好きな生き物なわけですが、うんちをすると、激しく鳴きました。 


「ギャアアアアア~!」
(訳:くちゃい~、うんちがくちゃいよ~!早くとってよ~!)


しかも暴れるもんだから、何度も水をこぼして、ケージの中はすぐにぐちゃぐちゃ。
チビとコキチは相変わらず平気な顔をしているけれど、ダンくんはすっかりナーバスになって、服に子猫の匂いがしみついた私にまで、「シャーーー!」と威嚇する始末です。


「うーむ、一刻も早く、どうにかしないといけない」
「犬猫共生の会(※ 鹿児島の動物ボランティア会)はどうかな、引き取ってくれないかな?」
「いや、あの方達もボランティアだし、共生の会は結構、規律がしっかりしていたと思うよ。みんなが持ち込んだら大変なことになるでしょ。拾った人が責任取りなさい、ってのが普通だよ」
「でもねえ……ダンが怒ってるし……」
「フシャアアアアア」


そこでダメ元で、共生の会とは別の、「一時引き取りボランティア」もやっていらっしゃるボランティア団体に連絡をしてみました。
「野良の子猫を保護したんですけど、うちも既に三匹飼ってまして、そのうちの一匹がナーバスになってしまいまして……」
「解りました、じゃあこちらで預かりの人を探してみますので、しばらくお待ちいただけますか? ただ、私も仕事をしながらのボランティアですので、なかなか手が回らなくて……。それまで預かって頂けますか?」
「はい。すみません、お手数おかけします」
「あとは、張り紙ですとか、新聞に投稿するとか、あとインターネットという手もありますから……」
「そうですね、考えてみます」

とはいっても、ネットで貰い手を探すことには、激しく抵抗がありました。



ひとまず、ボランティア団体から連絡がくるまで、いろいろ策を講じながら待つことにしました。
ちなみに、保護して3日目に私と母は、叔母に連れられて「嵐・福岡公演初日」に行くことが前々から決まっていました。
チケットはどうにかできるとしても、「往復の交通費」までパァにするわけにはいかないので、父と弟にそれぞれ仕事の合間に帰宅してもらって、餌とフンの始末だけお願いすることになりました。
ケージは寒々とした玄関から、弟の部屋へ移動させ、女衆は福岡へ行きました。


福岡から日帰り帰宅すると、弟が神妙な顔をして言いました。
「あの猫は、いかん」
「なんで?」
「餌をやったら肩までのぼってきた。可愛くなるじゃないか」


弟の部屋は、即ち「ダン王子」の部屋でもあります。
自らの拾い主である弟を心酔しているダンくんの聖域であり、仰向けに寝そべってゲームをする弟の腹の上で、うっとりと至福の時を過ごすのがダンくんの日課なのです。
よってケージは、私の部屋に移されることになりました。 


リビングの温かさとにぎやかさが羨ましい子猫は、私の部屋からギャアギャア!と鳴き続けていました。
情が移ったらいかんぞ。そう気を引き締めた私は敢えて厳しく接することにしました。
「うるちゃいよ! 黙りなちゃい! 静かにしないと捨てまちゅよ!」
こねこは、それでもめげずに叫び続けていましたが、そのうち泣き疲れて、与えられた「猫型湯たんぽ」を、母猫代わりのように抱きかかえて眠ってしまいました。




翌朝。
「ギャアアアアアア!」 
(訳:うんちしたよ~~~、くちゃいよ~~~)

の声に叩き起こされる私。時計を見ると、まだ6時台。
ああ、もう……。あれ、ちょっと待てよ……この子、拾ってきたの、お母さんじゃん……。なんで私が世話係になってるんだよ……。
温かい布団からずるずる未練たらしく這い出し、猫のフンと、ひっくり返された水の始末をしながら、
「あれ? でも私、世話するの、案外、嫌いじゃないな」
子どものときに、弟と毎朝、庭の鳥小屋の、チャボや十姉妹たちの世話をしていたことを思い出しました。
「猫に起こされてるよ〜ははは」
と家族に笑われ、何となく理不尽を感じる。が、当時私は、労働者戦争で会社を辞めた、いわば暇なニートだったため、非常に立場が弱かったのです。



どうせ暇なニートなので、扉を閉めて、部屋にこねこを放してみました。
好奇心旺盛なこねこは、一人で部屋で大暴れをしました。


ダンくんも、精神年齢が全く変わらない、大概、感受性の強い稀な猫で、当時既に3歳になっていたけれど、子猫時代と変わらず、動くものすべてを遊びに変えます。
ですが、この世に来てたった3ヶ月の子猫にとっては、例え動いていないものでも、全部が「おもしろいもの」だったようでした。
こねこは、転がっているだけの掃除道具を叩いて動かして、動けば驚いてひっくり返り、走って逃げました。そして再び戻ってきて、殴りかかって動かして、大喜びをする、そんな具合です。
動くものに至っては、刺激が強すぎるようで、例えばこねこの目の前で、「わっ!」と言って、手をぱっと開いてみせると、驚いたこねこは、自分も手足をワッ!と開いて、いかにも幼児らしいおなかを見せたかと思ったら、後ろにつんのめって、転がるように逃げていきました。


ケージから放したままにして部屋を出て、しばらくして戻ると、こねこは日の当たる出窓にホカホカとうずくまって、つい数日前まですごしていた寒々した世界を見つめていました。
「お外、見てるの?」
尋ねると子猫は振り向いて、
「みぎゃー!」
と元気いっぱい鳴きました。
外生活が長かったからなのか、元々なのか、あるいは可愛い声の出し方が解っていないのか。話しかけられたときの返事は、なぜか決まって、見事なダミ声でした。



保護団体から連絡は、なかなかありません。
そこで、もう一つダメ元で、最初に打診を試みて諦めた、県内最大手の保護団体に連絡をし、週末の「譲渡会」に参加出来ないか、尋ねてみることにしました。
けれどその返事は、
「譲渡会は、健康診断を受けさせて、一週間経過していないと、参加出来ないんですよ。それに、この年末というのは、なかなか見つからないんです、貰い手が。忙しい時期ですからね。先週末に開いた会でも、決まったのは一匹でしたし……」
八方ふさがり。どうしたものかと頭をひねった瞬間、ふと、連絡を待っている方の団体の言葉を思い出しました。
 

「インターネットという手もありますし……」


上述したように、私は、ネットでの譲渡には不信感がありましたし、今もあります。
虐待目的の悪意が潜んでいることが多々あり、実際、そういう痛ましい事件が起きているからです。悪質な商売目的で引き取ろうとする人間もいます。
そういったものを確実に回避しつつ、インターネットを有効に活用することは出来ないものか。

すると、やはり、同じように考えた人たちは多くいたのでしょう。
目を覆いたくなるような痛ましい事件を経て、この数年のうちに時代は進歩していたようです。 

  • 交渉時、金銭のやりとりは一切禁止 
  • 去勢・避妊必須。譲渡時、小さくてそれがまだ出来ない場合は、譲り受けた側が必ず受けさせることを誓約すること 
  • 生涯、責任をもって育てること 
  • 以上を誓った書面を取り交わし、各自が保管すること 


これらを規定とし、個人情報をある程度入力することを求める、「動物病院がバックアップについて運営された」マッチングサイト「ペットのおうち」を発見しました。


早速投稿用の写真を可愛らしくトリミングして、掲載を開始しました。
「あんたがこういうのに詳しくてよかったわ~、お母さんじゃ解らなかったもの~」
と、母。
私が鹿児島を離れる直前に、かつ、ニートで暇しているときに保護されて、
震災のドラマを放送しているのを偶然見て、母が腹を括って。
このケンシロウは運がいい猫なのかもしれない。


「とても懐いています」
「毛布をちゅーちゅー吸います」
などと、可愛らしさをアピールした紹介文を掲載。
もみもみをする子はよくいると思うけど、お母さんのおっぱいが恋しいのか、こねこは私のガウンや毛布を、おっぱいのようにチュウチュウ吸いました。
その唾液の匂いのせいで私はダンくんに、「フシャアアアアア」と威嚇されたわけですが。 


そして、大切な一文を最後に。 

「遊ぶのが大好きな子猫です。専業主婦がいらっしゃったり、お子様が午後には帰宅したりするなど、家に終日どなたかがいらっしゃる家庭を希望します。」 



掲載を済ませ、健康診断を受けさせに、コキチたちかかりつけの動物病院へ連れていきました。
暮れだからか、その日はひどく混んでいて、待合室にはいろんな犬や猫がおりました。
対等に戦ったらどう考えても勝てないであろう、よその犬猫たちに向かって、こねこはかごの中から、またも一丁前に、「ミャオワオワ!」と威嚇をしていました。


ようやく子猫の順番が来て、診察室に入りました。
アシスタントの女の子や、病院の跡継ぎの息子さんも出てきて、検査の様子をニコニコ満面の笑顔で見守っていました。

「可愛いですね~」
「ホント、可愛い~!」

その笑顔の裏に「飼っちゃいなよ」って声が漏れ出てる。
ただ確かに、うちに来たその日は「まあ、顔の可愛さは、ダンちゃんの方が断然上だな」くらいにしか思っていなかったのに、このときのこねこの可愛さは、「なんか、ちょっとダンに似てるな」くらいまでに上がっていました。
たぶん、ご飯も食べて、暖かいところに置かれて安心したことによって、表情がふんわり緩んできたのかもしれません。
病院の院長先生が言いました。
「しかし、これからどうなるにせよ、この子は運がよかった。お宅に拾われたら、もうノラに戻ることはないでしょう?」


体重を量ると、1.3kgぽっちしかありませんでした。
「じゃあ、検査をしますから、待合室でお待ちください」
診察室を出て、待合室に戻ると、まるまると太った柴犬をつれたおじいちゃんだけが待っていました。


と、そのとき。
診察室から、

「ギャアアアアアアアア!! イニャアアアアアアアア!!」


全米を震撼させそうな、世にも恐ろしい子猫の叫び声が聞こえてきました。
院長先生が、診察室から顔だけひょこっと出し、


「まだ何もしちょらんよ? 注射しようと、足を抑えただけだよ?」


と言って、パタンと扉を閉めました。


「ギャアアアアアアアア!! イニャアアアアアアアア!!」


歯医者に子どもを連れて行ったときのような状況に、柴犬の飼い主のおじいちゃんも笑っていました。

先に柴犬の診察が終わり、お会計を済ませたおじいちゃんは、わが子の耳につけてもらった花飾りを指して、やっぱりニコニコしながら、
「注射の後は、いつもこのお飾りをつけてもらうんですよ」
と、楽しそうに言って帰っていきました。


柴犬とおじいちゃんを見送ると、母と私が診察室に呼ばれました。
「えー、検査結果ですが……」
先生がなぜかそこで一呼吸置いたため、緊張感が漂いました。
「これが、こう出てるというのは……陰性です。病気は何もないですね。エイズもありませんでした」
「あーーー、よかった~~~!」
おみやげに動物カレンダーを頂き、おうちに連れて帰りました。
「これで一安心だ、ダンたちと接触させても大丈夫だ」




家に帰り、やれやれと一息ついてパソコンを開くと、「ペットのおうち」から、一件のメールが届いていました。


「子猫の写真、見ました。 家は同じ、市内です。できたら週末、見にお伺いしたいです。 気に入ったら、そのまま連れて帰ってもいいでしょうか?」


「おおー! お母さん、連絡来た来た! 見てみたいって!」
メールをくれたのは、中学生一年生の女の子。
小学生の妹もいて、現在、おとなしい犬を一匹飼っている。
犬も好きだけど、お父さんと自分は前から猫が飼いたかった……とのこと。


「ぜひ、いらしてください」


急いで返信をし、やりとりを交わし、早速翌日、来てもらうことになりました。


(つづく)

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