風にそよぐアンテナで

少し前に、「HSP(Highly Sensitive Person)」、即ち「敏感すぎる人」というのが流行りましたが(今も流行ってる?)これに言及するブログ等の中でよく見かけた、

「HSPは心優しい」
「非HSPの人たちには解らないでしょうけど」

という書きっぷりの数々が、私はどうにも受けつけませんでした。
研究が本来の意図しない、受け手に都合のいい使われ方をしていたのか、あるいは、研究自体が未熟なのかもしれません。HSPは、着眼点自体は面白いですが、定義が曖昧で、アダルトチルドレン* との区別もいまいち出来ていないのが現状のように思います。


(* アダルトチルドレン:
機能不全家族で育ったため、成人後も心理的に苦しさを感じる人のこと。
「子どものような大人」という意味ではない。)



敏感すぎるということは、些細な刺激が、人の何倍も痛く感じられてしまうということ。となると、実際は、まずはなにを差し置いても自分のケア、つまり、「自分のことでいっぱいいっぱい」になってしまいがちだと思います。


ですので、敏感な人が『そのまま』優しい人になるのは、実はなかなか難しいと思う。
「他人の気持ちに寄り添える」という意味の優しさは、己の感じやすさと向き合い、『ある程度の修行』を経た上で、ようやく手に入れられるもののはずだから。

……というのは、これまでのエッセイなどで、時折書いてきた話でもあります。



*


最近は、ツイッターで漫画を公開する方も増えましたね。
「夜廻り猫」も元々ツイッター漫画だったし。コミックスほしいなぁ。


そんな中、つい先日も、ある作品が話題になっていたようです。
この漫画、あらすじをざっと書くと、


友達から久しぶりに電話がかかってきて、流されるまま、一緒に映画に行く約束をした主人公。
日曜はやることがあったけど、
その映画にも興味があまりなかったけど、
人に合わせるのは大切だし、飼っているカメレオンに、
「君も周りの模様に合わせるもんね。生きていくには必要だよね」
と、話しかける。

すると、そのカメレオンが、
「不必要なときまで自分を偽ると、自分の色が分からなくなる」
というメッセージをくれる。

それを聞いて主人公は翌日、
「映画のことだよね。うん、今回はいいや、また別のときに誘って」
と、言うことが出来た……



というもの。



しかし私、これを読んで、な~~~んか釈然としなかったんです。


云わんとすることはよく分かる。断る決意をしたところまでは、頑張ったよね~と思う。
何より、顔色を伺うような付き合い方をするくらいなら思っていることを伝えた方がいいよね。

けども、この全4ページから読み取れる限りで言えば、相手から(おそらく詳細を詰めるためであろう)電話がかかってきてから、「今回はいいや、また誘って」……って、

いやいや、あなた、ちょっと待ちなはれ。
それはいくらなんでも失礼ちゃうか。

例えば、この友達がYah●●知恵袋に投稿したとしたら、


「久しぶりに会いたくなった友達を映画に誘いました。
最初はOKしてくれたのですが、時間を決めようと後日電話すると、
『今回はいいや、また誘って』
と断られてしまいました。

私としては、なぜ断られたのか、理由も解らないし、本当は迷惑だったのかな?と悲しくなりました。
優しくていい子なのですが、なんだかもやもやします……。」


<ベストアンサー>

ご友人には事情があったのかもしれませんが、やはり言葉足らずは否めません。
ご友人の方からきちんと連絡して、理由を説明するか、あるいは埋め合わせの日程を提示するなど、してほしいですよね。

こうした失礼なことが続くのであれば、距離を置いてもいいのでは?



とでもなるんじゃなかろうかOo。.(´-`)



この漫画に対しても、「断られた子がかわいそう」という意見も一定数あったそうですが、一方でやはり、「わかる~」「自分が疲れちゃうよね~」「日本人って、こういう人が多いと思う~」などの感想も多かったようで、私は、この話にさして疑問を持たずに共感しちゃう、人に合わせて疲れることを自覚しているであろう子達に、

「親しき仲にも礼儀あり、だぞ」

と思ってしまったのであります。


*


この数年、「まず自分を大切にする」「ありのまま」というのが流行っていますし、それ自体は、私自身も心がけるようにしていることです。

変に自分を押さえ込んだり、嫌われないように空気を読んだりしても苦しいだけだし、相手に対しても誠実じゃない。何より、自分を大切にした方が、受け容れられることも増えるわけだし。

……というのは、これまで私も、幾度かここで書いてきました。


けれど、新しい常識や考え方に移行するとき……即ち「変革のとき」は、そういうものなのだろうけれど、この、「まず自分を大切にする」の推進運動、ちょっと暴走してるんじゃないかなぁ~というか、解釈がずれてるものがあるんじゃないかなぁ~という印象を受けることがあります。

それは、これまでの日本が、「空気」や「協調性」を過度に重んじてきたその反動ともいえるかもしれませんが、とどのつまり、対人関係の一番の基本である、
『礼』
を欠くようなことまで肯定されてはいまいか?
それをしてしまうと、切れなくてよかったはずの縁まで切れてしまうじゃないか? と思うことがあるのです。


……なんて厳しめに見てしまうのは、漫画と同じような、「人付き合いに疲れる」と嘆いていた友人たちとの関係がダメになった経験を私が持っているからか。

共感をあまりに強く求められすぎているように感じたこと、そして、様々な積み重ねにより、

「私はあまり、大切に思われてはいないわな」

と気が付いたことで、もういいか、とお別れに踏み切ったから。

まぁ、実際は、その前に既に、互いに心が離れていたのかもしれないけれど。


*


己の心の状態をどこまで優先するか。

その問いヘの答えを考えたとき、描かれている状況は異なりますが、かつて、ライターの雨宮まみさんが仰っていたことを思い出します。


一晩中心配していた側からすると「もう大丈夫」では納得できないものがあるでしょう。
「ありがとう。心配かけてごめんね」という、感謝や謝罪がないと、心配して損したと感じられます。

感謝や謝罪ができないことに対しては「メンタルが弱いから」は理由になりません。
私もこれで何度か大事な人間関係を台無しにしてきました。学習すればいいのに、うまくできません。

自分にとって「甘える」というのは弱音を吐くことですが、それをこういう形でしてしまうと関係が壊れる、というのでは、親しい人、恋人を作ることはできません。

(中略)

他人に嫌われることを恐れなくてもいいし、嫌われることを回避するために自分の行動を規制する必要はありません。

ただ、人の好意にもっと敏感になってください。

——雨宮まみ『穴の底でお待ちしています』より



話は最初に戻りますが、「HSP」を自称するような繊細さの自覚に対して、私はもしかしたら、必要以上に寛容じゃないことを言ってるんだろうな、と思います。


心理学の世界には、

「相手に対し、不快に感じる部分は、本来自分が持ってる要素である。」

という、「投影の法則」なるものがあります。



つまり、この論理で言えば、過敏で他人を振り回すという素質は、私自身が多分に持っているもの、ということ。



実際、(未熟な研究と思うとはいえ、)HSP診断で私は高確率で陽性と出るし、

こうした部分を自ら嫌悪し、散々バトルをしてきた実感はあるし、

そもそも、他人の敏感主張に対して“敏感に”反応するのは、「強い子が良い子」という刷り込まれた理想が、自分の本質と大きくかけ離れているために苦しかったこと、

苦しいのに、そういう自分でいようとしたこと、

そして、身近な人に敏感さを盾に取られ、「あなたは強いから、」と弱音を封じられてしまったこと……

それが原因だろうな……と、自分で察しもついています。



「投影」は、己が己のその部分を受けいれてしまえば、不快にはならないのだといいます。

ですので、まず、自身が過敏症なことを許してあげれば、いえ、それ以前に、「自分はがんばってきたよね」と受け容れてあげれば、不快さはなくなるのかもしれない……ということでしょうか。

過敏で、めんどくさくて、振り回されやすいメンタル。

「それが、わたし。」「そんな私なりにがんばったぞ」

ってやつ。



けれど、

「過敏で、めんどくさくて、振り回されやすいメンタルの、“私を受けいれて!”」

となってしまえば、話は別だと思うし、やっぱりどれだけ自分を優先したとしても、同時に『相手の立場を思いやる』こと、『感謝すること』の大切さも変わらないんじゃないかな。



大事なのは、「嫌われないようにすること」ではなく、
「人の好意を大切にすること」だと思います。


雨宮さんのこの言葉に、すべて集約されているように感じます。

相手のことを、自分を疲弊させたり、傷つけたりする存在だという悪意前提で見るような、そんな臆病さは欲しくない。

同じ敏感なアンテナでも、向きを変えて、好意や愛情をキャッチできるようになれば、「他人の気持ちに寄り添える」という意味の優しさをきっと発揮できるようになると思うんだ。


わずかなそよ風にもしなやかに葉を揺らし、繊細に煌めく美しさを持ちながら、

吹き荒ぶ風にも倒されることなく、堂々と大地に根を張りながら立つ木々のように。


打てば容易に震える魂と、

力強く生きていく生命力の両立。



そして、自分がどこで生きているのか……

どこで『生かされているのか』を忘れないこと。



これが、今のところの私が抱く、理想であり、結論です。


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<参考リンク>

今回引用したのは、こちらの記事の一部ですが、
この記事以外の回答も、本当に素晴らしいので、
ぜひ読んでいただけたら、と思う。


優しくて鋭くて、強くて脆くて、たくさんの人を救ってこられた方でした。
早くに亡くなられたことが惜しまれてなりません。

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