切り戻した苗

ブログを書いてて、ちょっと思い出したのが、3年前に出した歳時記本(彗星の巻)の、あとがきエッセイです。

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元はwebの日記だったんですが、そこでの評判が良かったもんだから調子こいて加筆して本に入れたら、「大丈夫ですか? もう元気になりましたか?」って心配されたヤツです(笑)
ご心配ありがとうございます、これを書いてた頃には、ちゃんと元気になってました。


「上京を決めた日」というエッセイもあるし、ホロスコープの話でもここら辺のことを書いてますので、あんまりこの頃の話ばかりすると、「大変だった自慢」になりかねないなぁと思うんですが、まぁ、人生で一番の転機だったし、今後また躓いたときに振り返っても、一番ヒントをもたらしてくれる話になると思うので、もう一度だけ、掲載しときたいと思います。

しかし、読み返してみると、この頃って、洗濯も自炊も楽しいとか言ってて、「誰だお前」って思いました。

初出は「2014年3月10日」、加筆は4月末。
(本文は4月時点の内容でお考えください。)

文中の「フィギュアFS」は、ソチ五輪、「ちりとてちん」は、BSでの再放送です(笑)






本来なら2月20日が上京予定日だったので、
「ああー、女子フィギュアFSも、『ちりとてちん』のクライマックス週も、最後まで見れないなぁー!」
なんてぼやいていたのですが、出発の前々日に突然高熱を出し、結局出発を二日延期。
フィギュアFSも、ちりとてちん「草若弟子の会の涙のクライマックス」もしっかり見届けてからの上京となりました。


前回の、就職のために始まった一人暮らしとは異なり、今度は自分の意志で決めたことですので、出発前夜は、布団の中でどんな思いが駆け巡るのだろう……。けれど、なかなかちっとも実感が湧かないまま出発前夜を迎えたのですが、結局その晩、頭の中にあったことは、
「真央ちゃん……素晴らしかった……!」 
という感動だけでした。おい、自分のことは?
だってFSの翌朝、ニュースを見て、私は本当に感動で泣いてしまったのですもの、仕方ありません。


SPの翌朝は、とにかく真央ちゃんが可哀想で可哀想で、テレビをつければ、どうせSP失敗のニュースばっかりでしょ……もう胸が痛くて見てられないよ……と、なぜか私が気落ちしてしまい、 
「真央ちゃんが可哀想すぎて、私まで気持ちが重い」
「あんた、どんだけ浅田真央に感情移入してんの」
と、母に呆れられる始末。

そんなときツイッターで、有名なブロガーの、


人生のすべてを掛けて手に入れようとしていた目標が絶望的な状況になることって、誰にでも起こりうる。
そういう時に私たちはどうするべきなのか。
きっと真央ちゃんは明日、あたしたちに教えてくれる。


という投稿が回ってきたのを見て、 
「この人、こんなに冷静に、そして瞬時に真理を紡いで! 素晴らしいな!」
と、なんだか救われたのも束の間、真央ちゃんは本当にそれをやり遂げてくれたのでした。 



「メダル以上の価値」なんてフレーズは、メディアに使い倒されて、本質を伝える力をなくしてしまいましたが、でも、誰もが本当にそう思ったのでしょう。
仮に、SPでも力が発揮出来て、金メダルか銀メダルを取っていたとしても、きっとここまでの感動は呼ばなかったと、そうみんなも思ったから、その表現が生まれたのでしょう。



失意のどん底から、不死鳥のように蘇り、覚醒した妙なる炎で咲き誇る。


メダルや点数といった「結果」ではなく「自分が目指した」高みに届くこと、そして、


「頑張る」ということ。



それがどんなに尊く美しいことか……そのことをたくさんの人々に伝えるという使命を真央ちゃんは神様から与えられた、そして、精神を試されるような試練は、それを伝え、たくさんの人の心を照らすために必要な舞台だったのかもしれない……と、私は結構本気で思ったものです。


あのささやかな人生を良くは言わぬ人もあるだろう
あのささやかな人生を無駄となじる人もあるだろう 
でも僕は誉める 君の知らぬ君についていくつでも


旅立つ前に幾度も聴いていた、中島みゆきの「瞬きもせず 」
真央ちゃんの人生を、ささやかという人も、無駄となじる人も、もちろんいないでしょう。
ですが、「結果」にならなかったこと……受験、就職、仕事、夢、恋愛……どんなことでも、「頑張ってきたこと」は「本当のこと」なのに、「結果」として実を結ばなくて、そういう場面で、涙を流すしかなかった人は数え切れないほどいて、私たちはそんなとき、頑張ったことの意味さえ自分自身にも問いたくなってしまうものです。
けれど、それが無駄だとも、意味がないとなじられるものでもないのだと、真央ちゃんの姿に感動したことで、自身も気付き、救われた人がどれだけいたことでしょう。 


少なくとも、私は、その、ひとりです。



東京へ移転して、二ヶ月が経ちました。
とにかく、「生活を整える」ということが楽しくて仕方ない日々です。
実家にいた時の私は、「『意味があるわけじゃないけど、好きだからいいじゃん』というものに、夢中になることが出来ない」というけったいな悩みを持っていまして、いつも心のどこからか、「それ、意味あるの?」「もっと身になること、やりなよ」といった囁きが聞こえては何かに焦り、「楽しいことを楽しむ!」いうことが出来なかったのです。
(注:これが、生い立ちによる、解消すべき「思い癖」だと気づくのは、このエッセイを書いた3年後でした。)


だから、「向上心」のようなしんどさを伴うものとはまたちょっと違う、純粋に楽しいだけの趣味が欲しい! なんてずっと思っていました。
それが今では、「生活を営む」ということが、正に趣味そのものです。
インテリアには百円ショップと楽◎スーパーセールを大活用。
さらにはホームセンターで可愛い花の苗に出会ってしまったものだから、親から受け継いだらしい血が騒ぎだし、ついにベランダでプチガーデニングを始めるという。三階まで十四リットルの培養土を運ぶ、一人暮らし二週目の人の姿は、さすがに珍しかったかもしれません。


そういうわけで、ただいま、「花かんざし・アリッサム・忘れな草」の三兄弟を育成中。
可憐な風情に惹かれて連れ帰った「花かんざし」は、どんどんのびてきて、なんだかキングギドラのように……結婚後に豹変した嫁か、と言いたくなります。 
一番育てやすいと聞いていたのに、花が一度全部枯れ落ちて、覇気を失っていた「アリッサム」は、切り戻しをしたことで大復活を遂げ、もりもり膨らんできております。 
「忘れな草」に関しては、もっぱらアブラムシと格闘中。
この子もまた、はかなげな風情の名前とは裏腹に、鉢から溢れんばかりに繁っています。


洗濯も楽しい、掃除も楽しい、自炊も楽しい。
すのこにキャスターを付けて、プリンター台と、紙台、ガーデニングキット台も作って……。
ああ、これが自分だろうか。DIYに手を出そうとは。
いえ、瞬間接着剤フル活用の初心者レベルですが、「実家では散々、ズボラ扱いされていた私が」というところがポイントです。
そう、どうやら私は、本当はハウスキーピングが好きだったようです。



遅すぎる新発見、遅い独り立ち。

正直、今後がどうなるかも解りませんが、でもきっと、出てきてよかったのだと思います。 


プライベートな話にはなりますが、昨年秋の「小さな出来事」をきっかけに、それから地元鹿児島を出るまでの数ヶ月は、さめざめと泣きながら過ごしていました。
日記には拗ねた言葉が何度もこぼされるようになり、「頑張ったことの意味」を自分自身でも見失い、問いかける日々が続きました。
「切り替えて、次に行こうよ」と言われるたび、それまでの全てが、愚かで無駄なものだったと言われているかのように勝手に感じ、そんな風に卑屈に捉える自分を今度は責めて。その繰り返し。



それまで心がけていたポジティブが反動の作用を働き、一度崩れたあとは転がり落ちるだけ。


まるで、花を全て落としたアリッサムのように。 



追い風になるものは、決まっていつも北風のように冷たくて痛いもの。
だって、今が暖かであれば、きっとずっと留まっていたいと思ってしまうから。
何かが肌に刺さったのなら、それは、前に進めと言われている証なのかもしれません。  



泥まみれになった自分を認め、これ以上、同じ場所には留まっていられないことを確かめたとき、私は次の場所へいこうと決めました。
荒野に投げ出されたように、右も左も分からないままで、それでもどうしようもないのなら、風に背を押されるままに静かに歩いてゆこうか。そうすれば、太陽に出会えるかな、と。

頑張った記憶が大切だったというのなら、自分でそれを抱きしめてあげればいい。
あの時間に名前も、意味も与えられる人なんて、自分の他に誰もいない。
頑張ったこと、大切な時間だったこと、それはやっぱり本当のことだったのだから。



新しい場所に来て、新しい日差しの下で、
おいしいものを食べて、胸が喜ぶ歌を聴いて、
洗濯物の間から差す日の光に今日を生きていることを感じて。


何かが大きく変わったわけではないけれど、そうした明るい心で、再び、絵を描くことが出来るようになりました。
創ることが楽しい、と思うことを久しぶりに取り戻しました。


きっと、いいことがある。
花殻を切り落とした体に、再び小さく白い花が膨らむのを感じられるようになったいま、
そんな素敵な予感がします。


(2014.4.30)

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